私「otsu3」は立派なオッサン、オジサンでもある。昨今(結構前から)「こどおじ」なる言葉がnet上で多々出てきますが、ネガティブなイメージですよね。これ、なにがどうなっているのか私なりに考えてみたいと思います。
何が問題なのか
女性からの評判はおおむね不評だそうです。自立できていないイメージとか何にもできなそうとか、いい年こいて親と同居で家事は親やってんのかよ、とかね。まぁ、パッとの印象ではそうなのかもしれませんね…。大体(私が思う)一般的なイメージとしては
高校まで実家、大学~社会人新人あたりまで一人暮らし、そこで彼氏・彼女ができて二人暮らし、結婚視野、子どもができて広いとこに引っ越し、収入や生活との兼ね合いで家購入なんてのが多数派なのでしょうか。
かくいう私は社会人になってからも数年実家にいましたね。子ども部屋に。まぁその家も東日本大震災でぶっつぶれたんですけど。若かりし頃使っていたエロ本なんか片づけるの大変でしたよ…。大学に行っていないし、いろいろあって急遽東京に行ってしまいますけど。そこでは恩師の家に泊まって金を貯めてましたね。人に迷惑をかけてばっかりでした。
それに比べると「こどおじ」って別に変なことじゃないと思うんですよ。何が引っかかるって「おじ」ですよね。オジサンなのに実家に寄生してるのかってことなんだと思います。ちなみに私には兄がいるんですけど、まったく帰省してきません。生きているのでしょうか?
メリットについて考える
現状はさておき、例えば出会い系とかで実家暮らしはBADの方向なのでしょうけど、展望がしっかりしていればいいと思うんですわ。貯蓄があって付き合ったとしたら二人の生活ができればいいじゃないかと思います。付き合います、男は実家にいます、デートとしても相手の家に行けません、となればちょっとロマンスに欠けるのだとは思います。だけど将来については付き合いが深くなれば実家出ますよ、となれば別にいいのではないかと…。
実家暮らし=ニトってる的なイメージが良くないんですね。実際実家にいる人って考えを持っていればそんなにダメなことはないと思います。親が建てた家は子どものスペースを考慮しているケースが多いですよね。子どもが出ていったら過剰な広さになることが多いと思うんです。無駄な状況じゃなければ親がこさえてくれたスペースにいることは効率的でもあります。おそらく親夫婦二人では広い感じなんですよ。
ですので、「こどおじ」問題としては
・いつ自立のタイミングがあってもいいように用意している
・環境が変われば適応することができる
・親に多くの負担をかけていない
のであれば悪いこととは思いません。精神的に自立しているか、親に依存しているかの違いですよね。多くの親は子どもに幸せになってもらいたいものです。自分が用意したものに関しては最大限活用してもらって、自分がしたように他者または子どもにしてもらいたいと思っていると思います。結構なケースで親は子どもに老後の面倒を見てもらわないといけないわけですから、その用意として自分が成したものを活かしてくれても問題ないと考えているのではないでしょうか? これができないのは多くの場合、結構な資産がある金持ちの子どもだと思います。いわゆるボンボンってやつですね。こいつらは親ありきの環境をさも自分で築き上げたかのように享受しているのが問題です。こいつらに比べたら必要のない一人暮らしをせず、わきまえて暮らしている「こどおじ」などなんら問題にならないわけです。
何が言いたいのかというと
とにかく、家族たるものがインフラを一元化しているのは効率的なのです。例えば洗濯はいっぺんにしたほうが効率的ですし、電気料金とか基本料があるものは一家庭のほうが安上がりです。たしかに自然界に比べたら人間は自立が遅いでしょう。自然の動物らは生まれたら即立つし、数年すれば強制的に野生に放り出されます。しかし、人間界ではそんなサバイバル的な状況はあまりなく、猶予があるのも事実。
自分で部屋を掃除して、家計を大きく圧迫することなく(家にお金を入れるのがベター)、親の言うことをないがしろにしないのであればそれは許容されているとみなしていいです。仕事もせず、家事もせず、親に悪態をつき居座るのは問題外です。もっと言うとその家庭内の価値観に固執せず、他者との協調性が磨かれていればもうマーベラスです。
結論
実家にいるのであれば親のことをよく鑑み、コミュニケーションをとり、「ちょっとどうや」と思われていそうならさっさと出ていくべきです。そうでなければ協調をとってそのままでもいいと思います。その状況に甘んじるのではなく、享受しているメリットを今後のために活かせるような考えならいいのです。具体的にいうと浮いたお金の分貯蓄をしているとか、家のために役に立っているとか。
子ども離れできない親も増えているとよく聞きます。自分がずっとその家族内だけで生きていくのであればいいですが、外に出れば他の環境下で育ってきた人と相対します。親の考えと自分の考えと世間の考えと現状かかわりのある人の考えときちんと考えられるのが大事だと思います。
ちなみに私は反抗期のときに家の壁をブン殴って穴をあけたことがありますけど(男の子あるあるやね)、数年後に死ぬほど後悔しました。その家は今はないですけど…。なので自分の部屋の壁紙は自分で貼り換えましたし、震災食らったときは親の避難中は実家に泊まり込みで番をしたりしました。育ててくれた親の生活、その親が大事にしていたものを今度こそは守るという意識からだったと思います。
なので私の意見としては「こどおじ」なる「子ども部屋に住んでいるおじさん」は全く悪くないです。それはそのときの状況なだけであって人の性質を説いているわけではありません。こんなんあかんかったら「ヒモ」なんて絶対だめですから…。それはかかわる人が幸せか、どう思っているかなだけですから…。ただし、この話は大人だけの話であって判断力がない子どもに対しては当てはめてはいけないと思います。
ふぅ…真面目な話をするとしんどいなや。









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